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山口地方裁判所岩国支部 昭和26年(わ)17号 判決

被告人 田中伝槌

明二七・一〇・一一生 旅館業

主文

被告人は無罪。

理由

第一、公訴事実

本件公訴事実は次のとおりである。

「被告人は柳井町々会議員として昭和二十五年三月頃柳井町長窪田秀夫の推薦により柳井電報電話局業務長北嶋健治及び中国電気通信局建築部長高橋勝朗から柳井電報電話局の建設用地買収の斡旋方依頼を受け爾来町会議員として公的立場に於て山口県玖珂郡柳井町、広島県広島市中国電気通信局等に於て其の労をとり柳井町大字古開作字東中割の岡垣秀夫所有宅地第百拾参番地の参、四拾七坪(実測四拾参、四拾四坪)福田耕亮の所有田地で同人の亡父福田清一名義のもので桃井満輔の小作地第百拾弐番地の参、拾坪、第百拾弐番地の四、百坪合計百拾坪(実測百弐拾弐、拾八坪)亡若村嘉助の開放農地で高河幸一の耕作田地第百拾参番地の七、百四拾四坪、第百拾四番地の六、四拾六坪合計百九拾坪(実測百八拾弐、六拾八坪)白銀一の所有地で浜崎林蔵の小作地第百拾参番地の弐、百九拾八坪、第百拾四番地の弐、百弐坪合計参百坪(実測弐百九拾、〇六坪)梅田熊助の所有田地で第百拾五番地の参、弐百拾八坪(実測弐百弐拾四、参拾七坪)以上合計八筆八百六拾五坪(実測八百六拾弐、七拾参坪)を適地として買収の斡旋をする事になり局に於ては買収敷地九百坪坪当り参千円、弐百七拾万円の予算のある事を知り同年三、四、五月に亘り前記の地主小作人等に各別に交渉し「自分は町発展の為に犠牲的に世話するのであるから安く局に譲渡されたい」と言う意味の旨を申し向け夫々地代補償料等を内定し、之が所要費用は合計して凡そ百弐拾万円前後で之を埋立敷地としても百九拾万円前後であるが私利を図る為に之を該用地買収の係官である中国電気通信局建築部長高橋勝朗及び同局の電気通信事務官高橋清、同吉田貞暁等に極力隠秘し「地主其の他に於て多額の地代、補償料等を要求し、折合が付かず困難であるが埋立敷地として坪参千円、弐百七拾万円の予算一杯を出して貰えば自分は損をしても犠牲的献身的に努力して斡旋をする」と云う意味の旨を申し向け因て犠牲的献身的に尽力するものであり、且つ坪当り参千円は支払わなければ買収出来ざるものと誤信させて前記の土地所有者からは夫々白紙の土地売渡承諾書を小作人等からは夫々白紙の離作補償料承諾書を取り土地所有者は地代坪当り参千円合計弐百四万百五拾円、小作者等は離作補償料を坪当り参百円合計拾七万八千四百七拾六円更に解放農地の埋立費用家屋の移転費用等の為に用地に事実は岩田恒利所有の拾坪の平家建一棟、山本敏祐所有の九坪位の古屋一棟あるを木造二階建弐拾七、五拾坪一棟、同弐拾坪一棟、同平家建拾、七拾五坪一棟ありと内容虚偽の四拾五万円の家屋移転承諾書を作成以て予算一杯に近い合計弐百六拾六万八千六百弐拾四円で埋立敷地として買収の斡旋が出来ると之を了承し、且つ窪田秀夫、山内豊成、川本佐一郎の坪当り参千数百円する旨の土地価格評定書中原伴助の坪当り参百円の離作補償料評定書を徴し前記の価格は正当である旨の資料として提出更に前記の地主小作人の七名から連名の「中国電気通信局の建設用地買収に関する手続及び代金受払其の他本件に関する一切の事を委任する旨」の委任状を取り、自己が之等の者に代つて前記の代金を一括受領する事にし以つて之等の書類を吉田貞暁事務官に提出し而して同事務官の下に於て之等書類を基礎に同年五月三十日敷地選定調書を作成同年六月五日柳井電報電話局敷地買収についてと題する第六四七号書類により認可申請を電気通信省に提出之が係官である買収認可の決定権を有する同省施設局建築部管理課長山下太一は之等書類の記載内容の通りによらなければ買収出来ないものと之を誤信して同年七月十一日之により買収認可する旨の第五八九号の通達を発しこの旨を知る被告人は同年七月二十五日付にて中国電気通信局長山本英也の連署の下に総額弐百六拾六万八千六百弐拾六円の土地売買契約書、地上物件移転補償契約書を作成し、同年七月三十一日土地引渡書を作成する等手続を進め、一方被告人は地主小作人其の他の者を各別に交渉更に自ら用地の埋立を行い其の斡旋を進め以て、

第一、岡垣秀夫からは其の宅地実測四拾参、四拾四坪を地代六万参千円、埋立費壱万五千百四円位、雑費参千九百九拾参円位合計八万弐千九拾七円位で買収出来たものを之を拾参万参百弐拾円要したものとし差額四万八千弐百弐拾参円位を

第二、福田耕亮からは其の田地実測百弐拾弐、拾八坪を地代五万弐千八百円埋立費四万弐千四百八拾壱円位、雑費壱万壱千弐百参拾円位合計拾万六千五百拾弐円位で買収出来たものを之を参拾六万六千五百四拾円要したものとし差額弐拾六万弐拾八円位を

第三、白銀一からは其の田地実測弐百九拾、〇六坪を地代弐拾九万円埋立費用拾万八百六拾四円位雑費弐万六千六百六拾壱円位合計四拾壱万七千五百弐拾五円位で買収出来たものを之を八拾七万百八拾円要したものとし差額四拾五万弐千六百五拾五円位を

第四、梅田熊助からは其の田地実測弐百弐拾四、参拾七坪を地代参拾四万四千四百四拾五円位、埋立費七万八千弐拾参円位、雑費弐万六百弐拾四円位合計四拾四万参千九拾弐円位で買収出来たものを之を六拾七万参千百拾円要したものとし、其の差額弐拾参万拾八円位を

第五、桃井満輔からは離作補償料参万円で買収出来たものを之を参万六千六百五拾四円を要したものとし其の差額六千六百五拾四円位を

第六、浜崎林蔵からは離作補償料八万円で買収出来たものを之を八万七千拾八円を要したものとし其の差額七千拾八円を

第七、高河幸一からは開放農地百八拾弐、六拾八坪の離作補償料拾万五千五百五拾五円位と之が埋立費六万参千五百弐拾八円位雑費壱万六千七百九拾壱円位合計拾八万五千八百七拾四円位で買収出来たものを他の岩田恒利所有家屋一棟山本敏祐所有家屋一棟の各移転補償料及び徳万治郎、飯田健二の各地上権補償料に合計弐拾七万六千円を要したのを合計して結局四拾六万壱千八百七拾四円位で買収出来たものを之を離作補償料五万四千八百四円家屋移転補償料四拾五万円合計五拾万四千八百四円を要したものとして之が差額四万弐千九百参拾円位を

以上各々合計して用地は百六拾弐万千百円位で買収の斡旋が出来たものを之を秘匿し弐百六拾六万八千六百弐拾六円を要したものとし之を得べく同年八月二日其の支払を請求し以て前記の通り担当各係官及び中国電気通信局経理部長石岡清、同局主任繰替払出納官吏熊本隆司をして斯く誤信させて右石岡清、同熊本隆司から之が政府支払を行わせ同日弐百弐拾六万八千六百弐拾六円、同年九月二十日、四拾万円の各交付を受け以て前記の通り各差額合計百四万四千七百五拾弐円位を騙取したものである。

第二、当裁判所が取調べた証拠(略)

第三、以上の証拠により認定し得る事実は次のとおりである。

一、被告人は大正五年頃から肩書住居で旅館業を経営する傍ら昭和二十三年頃から昭和二十五年暮頃まで山口県玖珂郡柳井町の町会議員をしていたこと。

一、昭和二十五年一月中頃当時の柳井電報電話局の業務長北嶋健治がその頃柳井町役場を訪れ、同町長窪田秀夫に対し柳井電報電話局の建設用地の斡旋方を申入れたが同町長は町として土地を斡旋することは困難な旨答え右北嶋に土地の事情に明るい被告人を紹介したこと。

一、右北嶋はその頃被告人方を数回訪れ、同人に対し柳井駅前附近に柳井電報電話局の建設用地として土地約九百坪位を心配してくれるよう申し入れたこと。

一、被告人はその後同年三月始め頃右北嶋と同道して広島市にある中国電気通信局に赴き同局建築部長高橋勝郎らに会い、同人らからも柳井電報電話局の建設用地買収の斡旋方の依頼を受け、その後間もなく同建築部管理課の技官高橋清らは柳井町を訪れ被告人や前記北嶋らの案内で現地を見分し柳井町大字古開作字東中割の一劃の土地を適地と決め、その買収の斡旋方を被告人に依頼したこと。

一、ところで右高橋清らの選定した柳井町大字古開作字東中割の土地は当時岡垣秀夫、福田清一、白銀一、梅田熊助らの所有地と国が農地買収により取得した農地の一部であり、うち岡垣秀夫の所有地(同所一一一番の三、四十四坪四合四勺)は現況は宅地で同地上に岩田恒利所有の建坪約十坪の平家建居宅一棟と山本敏祐所有の建坪約九坪の漬物小屋が建つており、その余の部分は徳万次郎、飯田健治らが塵埃の捨場等に使用しており、福田清一の所有地(同所一一二番の四、同番の六合計百二十二坪一合八勺)は水田で桃井満輔が小作し、白銀一の所有地(同所百十三番の二、百十四番の二合計二百九十坪六勺)は右同様水田で浜崎林蔵が小作し、梅田熊助の所有地(同所百十五番の二、二百二十四坪三合七勺)も水田で同人が自作し、国が農地買収により取得した農地(同所百十三番の七、百十四番の六合計百八十二坪六合八勺)は高河幸一が国より貸与を受けこれを水田として使用していたこと。

一、その頃前記高橋清や北嶋健治らは被告人に右土地上の建物を撤去し、また水田を埋立て整地した上で坪当り参千円で買収する旨を伝え、被告人に右地上の建物の撤去並びに水田の埋立等を依頼したこと。

一、そこで被告人は早速右土地所有者建物所有者および土地耕作者らに対し国が前記土地を買収して柳井電報電話局を建設しようとしていることを告げ、その協力方を呼びかけた結果、前記岡垣秀夫は同年四月頃、同人所有の前記土地を代金合計六万三千円で(坪当り千四百五十円の割合)で、岩田恒利は同月十二日頃同地上の同人所有の前記建物を代金十三万円で、山本敏祐はその頃同人所有の前記漬物小屋を代金六万五千円でいずれも被告人に売渡し、福田清一は同年四月頃同人所有の前記土地を金五万八千八百円で、白銀一は同年五月十日頃同人所有の前記土地を合計二十六万円でそれぞれ被告人を介して中国電気通信局に売渡すことを承諾し右岡垣、岩田、山本、福田および白銀らはいずれも当時被告人から右各代金の全部もしくはその一部を異議なく受領し、桃井満輔は同年四月二十四日頃金三万円で自己の前記土地に対する耕作権を被告人に譲渡し、浜崎林蔵は同年五月頃金八万円で高河幸一は同年六月頃金四十五万円でそれぞれ自己の前記土地に対する耕作権を放棄することを承諾し、その頃右金員を被告人から受領し徳万次郎は同年四月頃金四万円を、飯田健治は同年六月頃金二万円をいずれも被告人から受領してそれぞれ前記土地に対する地上権を放棄し、また梅田熊助は同年四月頃、同人所有の前記土地を被告人の斡旋で他の土地と交換することを条件に柳井電報電話局の建物敷地とすることに同意し、その後被告人の斡旋で前記土地の交換地として附近の農地約六百十五坪余を所有するに至り、岡垣秀夫、福田清一、白銀一、梅田熊助らはいずれもその所有の前記土地を中国電気通信局に売渡す旨の金額欄白地の売渡承諾書に捺印し、また高河幸一、浜崎林蔵、桃井満輔らもそれぞれ右同様金額欄白地の離作補償料承諾書に捺印し、これに各自の代金受領の委任状を添えてこれを被告人に交付し、同人は同年五月末頃更にこれらの書面に柳井町長窪田秀夫、株式会社芸備銀行柳井支店長山内豊成、柳井商工会議所会頭川本佐一郎等作成の各土地価格評定書、柳井町農地委員長中原伴助作成の離作補償料評定書等を添付してこれを中国電気通信局宛提出しまたその頃岩田恒利、山本敏祐から買受けた前記建物を撤去し、更に他より土砂等を買受け、人夫を雇い、前記北嶋や中国電気通信局の技官らの指示監督のもとに前記水田を埋立て整地したこと。

一、一方中国電気通信局建築部の前記技官らはその間数次に亘り現地を訪れ、現地を実測し、前記土地の実情をも充分調査し、また同建築部事務官吉田貞暁らは前記北嶋に命じて登記所、町役場、農地委員会等につき、前記土地の価格離作料等を調査させた上被告人に頭初前記高橋清らが約束した買収価格坪総当り金参千円総額約二百七十万円を一応妥当なものと認めこれを承認したが、当時土地買収費用の他に整地費用を別途計上することは困難なため土地代金を一坪当り金三千円離作補償料一坪当り金三百円として計算し、更に不足分を捻出するために前記土地上に三棟の建物が存し、その移転補償に四十五万円を要するようにして前記買収金額に充てようと考え、同年六月始め頃梅田熊助、岡垣秀夫、白銀一、福田清一ら名義の一坪当り金三千円の土地売渡承諾書高河幸一、浜崎林蔵、桃井満輔ら名義の一坪当り金三百円の各離作補償料承諾書及び被告人名義の山口県玖珂郡柳井町大字古開作東中割百拾壱番の参木造瓦葺平家建一棟建坪拾坪七五、木造瓦葺二階建一棟建坪弐拾四坪、木造瓦葺二階建一棟建坪弐拾七坪五〇の移転補償費四十五万円と記載した家屋移転承諾書等の写を作成し、これに被告人がさきに提出した前記柳井町長ら作成の土地価格評定書の写三通を添付し、更に中国電気通信局建築部設計課電気通信技官米山良明作成の柳井電報電話局敷地地上物件移転評価書、選定調書をも添え、これら書類を一括し柳井電報電話局敷地についてと題する一件書類(証第十四号)としてこれを同月六日附中国電気通信局建築部長名義で電気通信省施設局建築部長宛提出し、電気通信省では右書類にもとずいて同年七月十一日附通達第五八九号をもつて前記土地買収の認可をなしたこと。

一、その後前記米山事務官は電気通信省に進達した事項に適合するような中国電気通信局長山本英也と被告人間の同年七月二十五日附土地売買契約書および地上物件移転補償契約書等(証第一号)を作成し、更に同月三十一日附土地引渡書をも作成してその頃これらの書面に被告人の捺印を求める等買収に必要な一切の書類を整える一方前記土地の所有移転登記手続をも同月三十一日完了したこと。

一、被告人は同年八月上旬頃中国電気通信局経理部において係官から前記土地買収代金として日本銀行広島支店支払の額面二百六十六万八千六百二十六円の小切手一通の交付を受けたこと。

第四、被告人が中国電気通信局の係官並びに電気通信省の係官を欺罔したかどうかの判断。

検察官は「被告人は柳井電報電話局業務長北嶋健治および中国電気通信局建築部長高橋勝郎らから柳井電報電話局の建設用地買収の斡旋方を依頼されたのを奇貨として私利を図る目的で右高橋勝郎や電気通信事務官高橋清、同吉田貞暁らに対し、土地所有者その他において多額の地代補償料等を要し折合が付かず困難であるが、埋立て敷地として坪三千円合計二百七十万円の予算一杯出して貰えば自分は損をしても犠牲的献身的に努力して斡旋する旨申し向け、右高橋らをして被告人は犠牲的献身的に尽力するものであり、かつ坪当り三千円を支払わなければ買収できざるものと誤信させ、更に被告人は土地所有者や小作人から白紙の土地売渡承諾書や離作補償料承諾書を取り、これに土地代金は坪当り三千円、雑作補償料は坪当り三百円と記入し更に右地上には岩田恒利所有の建坪十坪の平家建一棟と山本敏祐所有の建坪九坪の小屋一棟があるに過ぎないのに被告人所有の木造二階建、建坪二十七坪五合の建物一棟同建坪二十坪の建物一棟、平家建々坪七十五坪の建物一棟合計三棟の建物が存在し、その移転費用として四十五万円を要する旨虚偽の家屋移転承諾書を作成し、これらの書面に窪田秀夫ほか二名の土地価格評定書三通、中原伴助の離作補償料評定書一通及び地主、小作人らの委任状等を添附してこれを前記吉田貞暁事務官に提出し、同人らをして買収費として合計二百六十六万八千六百二十四円を要し、同金額でなければ買収が出来ないと誤信させ、同事務官らをして右書類を基礎に敷地選定調書を作成させた上、電気通信省に右土地買収の認可申請をさせ、昭和二十五年七月十一日同省施設局建築部管理課長山下太一をして右書類の記載内容の通りでなければ買収できないものと誤信させ、これが買収認可をさせ、被告人が実際に支出した金額合計百六十二万千百円との差額合計百四万四千七百五十二円を騙取した」と主張するけれども当裁判所が前掲証拠により認定し得た事実は前段説示のとおりであり、被告人が検察官主張のとおり町会議員としての地位を利用しまたは前記高橋勝郎や北嶋健治らから柳井電報電話局の建設用地買収の斡旋方を依頼されたのを奇貨として私利を図るために中国電気通信局の係官を欺罔したと認めるべき証拠はない。もつとも証人吉田貞暁、高橋勝郎、高橋清らは被告人との交渉の際同人が右証人らに対し「地主や耕作者が多いから買収は仲々困難であるが、予算が二百七十万円あるように聞いているのでそれだけ出してくれれば一身を投げうつて心配する旨話していた」と供述しているが、前掲証拠に徴すれば土地所有者や土地耕作者らが頭初安い価格では容易に買収に応じなかつたこと。被告人は後日中国電気通信局から買収代金の支払を受け得るにしてもいまだその支払を受けない以前に可成りの私費を投じて本件土地の埋立工事をなすなど極力努力していたこと、中国電気通信局の係官は本件土地買収に当り現地に赴き実情を調査し、また登記所、町役場農地委員会等につき前記土地の価格や離作料等を充分調査していたこと等が認められるから被告人が右証人らに前叙の如き話をしたことを以つて直に被告人が同証人らを欺罔したというわけにはいかないし、また被告人が土地所有者や土地耕作者らから徴した金額欄白地の土地売渡承諾書や離作補償料承諾書の金額欄の記入や被告人の提出した白地の家屋移転承諾書の建物の記載および移転料の記入等はいずれも前記吉田事務官が上司と相談の上さきに中国電気通信局が被告人に請負わせた埋立整地費用等を捻出するための措置として作成したものでこのことは当時右吉田事務官の上司である前記高橋清や高橋勝郎らも熟知しており被告人は勿論右吉田事務官らが中国電気通信局の上司や電気通信省の係官を欺罔して金員を騙取する意図でなされたものでないことは右吉田貞暁らの供述に徴し明白であるし、また中国電気通信局の係官らは被告人に前認定のとおり前記土地の買収の斡旋のみを依頼したのではなく、土地を買収して埋立整地した上で、これを中国電気通信局に売渡すよう依頼していたのであるから、かりに被告人が土地所有者や耕作者らに支払つた個々の土地代金や離作料等を一々詳細に中国電気通信局の係官に報告すべき義務はなくこれをしなかつたからといつて被告人が右係官を欺罔していたというわけにもいかない。その他被告人が中国電気通信局並びに電気通信省の係官を欺罔して金員を騙取したと認めるべき証拠はない。

よつて前記公訴事実については刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

第五、検察官の予備的訴因の追加請求についての判断。

検察官は第二十四回公判期日において昭和三十年八月三日附訴因(罰条)の追加(撤回又は変更)請求書にもとづいて前記公訴事実の次に訴因を

「被告人は柳井町々会議員として昭和二十五年三月頃柳井町長窪田秀夫の推薦により柳井電報電話局業務長北嶋健治及び中国電気通信局建築部長高橋勝郎から柳井電報電話局の建設用地の買収斡旋方依頼を受け爾来町会議員として公的立場に於て山口県玖珂郡柳井町広島県広島市中国電気通信局等に於て其の労をとり柳井町大字古開作字東中割の岡垣秀夫の所有宅地第百拾参番地の参、四拾七坪(実測四拾参、四拾四坪)福田耕亮所有の同人の亡父福田清一名義の桃井満輔小作田地第百拾弐番地の参、拾坪、第百拾弐番地の四、百坪合計百拾坪(実測百弐拾弐、拾八坪)亡若村嘉助の開放農地で高河幸一耕作田地の第百拾参番地の七、百四拾四坪第百拾四番地の六、四拾六坪合計百九拾坪(実測百八拾弐、六拾八坪)白銀一所有浜崎林蔵小作田地の第百拾参番地の弐、百九拾八坪第百拾四番地の弐、百弐坪合計参百坪(実測弐百九拾、〇六坪)梅田熊助所有田地第百拾五番地の参、弐百拾八坪(実測弐百弐拾四、参拾七坪)合計八筆、八百六拾五坪(実測八百六拾弐、七拾参坪)の場所を適地として買収の斡旋をすることになり之を行い同年五月十日頃前記の土地所有者及び小作者等の七名から連署による「中国電気通信局の建設用地買収に関する手続及び代金の受払其の他本件に関する一切の事を委任する」旨の委任状による委任を受け以て之等の者の為に其の委任事務の処理に当つたものであるが之等の田地等は埋立宅地として之を局に引渡すことにして之を埋立引渡し、同年八月二日と九月二十日の二回に之が代金弐百六拾六万八千六百弐拾六円の政府支払を前記七名の者に代つて受けたから夫々精算して右金員は之を之等の者に交付しなければならないのであるが、

第一、岡垣秀夫に対しては宅地実測四拾四坪を代金拾参万参百弐拾円にて局に渡したのであるが内地代六万参千円、埋立費壱万五千百四円、雑費参千九百九拾参円位合計八万二千九拾円位を出し残り四万八千弐百弐拾参円位を交付せず、

第二、福田耕亮に対しては田地実測百弐拾弐、拾八坪を代金参拾六万六千五百四拾円にて局に渡したのであるが内地代五万弐千八百円、埋立費四万弐千四百八拾壱円位、雑費壱万壱千弐百参拾壱円位合計拾万六千五百拾弐円位を出し残り弐拾六万弐拾八円位を交付せず、

第三、白銀一に対しては田地実測弐百九拾、〇六坪を代金八拾七万百八拾円にて局に渡したのであるが内地代弐拾九万円、埋立費拾万八百六拾四円位、雑費弐万六千六百六拾壱円位合計四拾壱万七千五百弐拾五円位を出し残り四拾五万弐千六百五拾五円位を交付せず

第四、梅田熊助に対しては田地実測弐百弐拾四、参拾七坪を代金六拾七万参千百拾円にて局に渡したのであるが内地代参拾四万四千四百四拾五円位、埋立費七万八千弐拾参円位、雑費弐万六百弐拾四円位合計四拾四万参千九拾弐円位を出し残り弐拾参万拾八円位を交付せず

第五、桃井満輔に対しては前記福田耕亮の田地小作の離作補償料を代金参万六千六百五拾四円で局に渡したのであるが内参万円を出し残り六千六百五拾四円を交付せず

第六、浜崎林蔵に対しては前記白銀一の田地小作の離作補償料を代金八万七千拾八円で局に渡したのであるが内八万円を出し残り七千拾八円を交付せず

第七、高河幸一に対しては前記亡若村嘉助の開放農地実測百八拾弐、六拾八坪の離作補償料及び同所の埋立費及び他の家屋移転補償料等を一括し合計代金五拾万四千八百四円で局に渡したのであるが内離作補償料拾万五千五百五拾五円位埋立費六万参千五百弐拾八円位、雑費壱万六千七百九拾壱円位及び他の家屋移転補償料等を弐拾七万六千円合計四拾六万壱千八百七拾四円位を出し残り四万弐千九百参拾円位を交付せず

以て其の合計百四万七千五百弐拾六円位は夫々自己に於て保管中其の頃柳井町等に於て擅に自己の用途に費消する為着服して之を横領したものである。」

としてこれを予備的に追加しているが、右請求書には罪名および罰条の記載はなく刑事訴訟法第二百五十六条に違反しておるのみならず前叙第一記載の公訴事実の基本的事実関係は被告人が中国電気通信局並びに電気通信省の係官を欺罔して金員を騙取したという事実であるに対し右追加の訴因は被告人が岡垣秀夫、福田耕亮、白銀一、梅田熊助、桃井満輔、浜崎林蔵、高河幸一らから土地売却代金、離作補償料並びに家屋移転補償料等の取立を依頼されたのを奇貨として同人らに交付すべき金員を預り保管中擅に自己の用途に費消するため着服横領したという事実であり、その犯行の手段、方法、目的物件、被害者等全く前者と相違しており、後者は前者の事実に包含されない全く別個の事実関係である。したがつて右訴因の追加請求は不適法であるからこれを却下する。かりにまた右追加請求の訴因が前記第一の公訴事実中に包含され別個の事実関係でないとしても、前記第三において認定したとおり前記岡垣秀夫は同年四月頃同人所有の土地を代金六万三千円で、岩田恒利は同月十二日頃地上の建物を代金十三万円で、山本敏祐はその頃同人所有の漬物小屋を代金六万五千円でいずれも被告人に売渡し、福田清一は同年四月頃同人所有の前記土地を代金五万八千八百円で、白銀一は同年五月十日頃同人所有の土地を代金合計二十六万円で、それぞれ被告人を介し中国電気通信局に売渡すことを承諾し右岡垣、岩田、山本、福田および白銀らはいずれも当時被告人から右各代金の全部もしくはその一部を異議なく受領し桃井満輔は同年四月二十四日代金三万円で自己の前記土地に対する耕作権を被告人に譲渡し、浜崎林蔵は同年五月頃金八万円で高河幸一は同年六月頃金四十五万円でそれぞれ自己の前記土地に対する耕作権を放棄することを承諾し、その頃右金員を被告人から受領し、徳万次郎は同年四月頃金四万円を、飯田健治は同年六月頃金二万円を被告人から受領してそれぞれ前記土地に対する地上権を放棄し梅田熊助も同年四月頃被告人に対し同人の斡旋で他の土地と交換することを条件に梅田熊助所有の前記土地を柳井電報電話局の建物敷地にすることに同意し、その頃被告人の斡旋で同土地の代償として附近の農地約六百坪を所有するに至つたことなどを併せ考えれば右岡垣、福田、白銀、梅田、桃井、浜崎、高河等が前記白紙委任状や土地売渡承諾書または離作補償承諾書等を被告人に交付したのは右土地所有者や土地耕作者らが前記土地を直接中国電気通信局に売渡しその代金の取立を被告人に依頼するためになされたものではなく、被告人が、同電気通信局の係官の指示で前記土地を一旦右土地所有者や土地耕作者らから買受け、これを整地した上で柳井電報電話局の建設敷地として中国電気通信局に売渡し、後日その代金を被告人が受領するに必要な書類として、被告人が、右土地所有者並びに土地耕作者らからその交付を受けたものと解するのが相当である。また右各土地(但し岡垣秀夫所有名義のものを除く)は当時いずれも水田であり、右土地所有者らが被告人または中国電気通信局に売渡すことを承諾した価格は農地としての価格でありこれを埋立整地したのは被告人で中国電気通信局で決定した土地代金も右埋立整地したものの価格であるから被告人が中国電気通信局から受領した金員を土地代金三千円離作料三百円の割合で右各土地所有者並びに耕作者らにこれを交付しなかつたからといつてこれを目して被告人が右土地所有者らに支払つた金額と中国電気通信局から受取つた金員の差額を着服横領したというわけにはいかないし、また他に被告人が右金員を横領したと認めるべき証拠はない。したがつて右訴因についても亦被告人は前同様無罪である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本忠雄)

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